スクールカースト1軍のトップより、2軍の高校時代が楽しかった。

すっかり定着した”スクールカースト”という言葉。

もちろん、私が学生時代なんかはそんな言葉はありませんでしたが、初めて聞いた時は説明を読まずともうまく例えたなぁと思いました。

そんな言葉なんかはなかったものの、確実に”それ”は存在しました。

つい先日、菅田将暉weekの名残で、米倉涼子さんの『35歳の高校生』を見ました。

スクールカーストが題材のドラマなんですが、1軍のリーダー格の女子が『弱みを見せる相手がいない』というようなことを話す回があり、見ていて『わかるわ~』と自分の学生時代を思い出しました。

私もいわゆる”1軍”だったものの、弱みをさらけ出せるような友人はいませんでした。

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スクールカースト1軍のトップ

私は、小・中学校とまぎれもなくカーストに例えるならば1軍、その中でも私と友人の2人がトップだったと思います。

当時はただ目立つグループという認識でしたが。

小・中学校も穏やかな地域にある学校だったので、ドラマなんかで見るようないじめや激しい対立はありませんでした。

みんな和気あいあいとしていた学年だったと私は思っていますが、もしかするとそう思っていなかった子もいるのかもしれません。

スクールカーストのトップというと極悪非道ないじわるを平気でやってのけるような人物を思い浮かべるかもしれませんが、私は普通にすごしていたら気づけばそんな位置付けになっていたという感じです。

気付けば、

  • 何かを決めるときに自分の意見を発言すると必ずと言っていいほどその通りになる
  • 気の合わない子のことを愚痴ると全然関係のないグループの子までも同調し始める
  • 普段あまり話さないおとなしめの子とオタク系の話題で盛り上がると翌日、その子の周りに人が集まる
  • 先生に他の子だと怒られることが、私は笑って注意程度で終わる
  • 私が仲良くしていた男友達グループ内の子に告白したい女の子が、私に告白をしていいか許可を取ってくる
  • 自分でもわかっていますが、見た目もスタイルも普通。なのに、学年で人気の男の子によくモテた(←人生のモテ期をここで使い果たした)

というようなことが日常的に起こりました。

自分の行動や発言で全体が左右される状況に気付いた時は、正直怖かったです。

みんなと同じようにたまに愚痴っただけでもただの愚痴にとどまらない怖さや、みんなが発言をする場だから、自分の意見を言っただけでも、自分が言うと誰も反論しない。

だけど、話し方なのか見た目の威圧感?なのか、昔から気づけばまとめ役というかリーダー役を任されていました。

もともと性格が男っぽく、女子特有の群れるタイプではなく、自分の意見ははっきり言う方だったので、みんなから意見を求められる(怖がられてた?)ことが多かったのかもしれません。

そんなこともあり、小・中学校時代はみんなが自分に一目置いているのをヒシヒシと感じていました。

周りから見ると、自分の意見だけで進めて気楽だろうな、と思われているかもしれませんが、仕切るというかまとめる方もやっぱり色々と悩んではいるし、自分の意見通りに決まるものの、やっぱり違う意見を持っている子はいるもので、何かうまくいかなかったり、思うとおりに行かなかった場合はもちろん批判の対象にもなるんですよね。

直接的に批判されたことはありませんでしたが、態度や表情で納得いっていないことがわかる。

それなら、決める段階で意見を言ってくれたらいいのになぁ、と思ったものです。

私は根が『事なかれ主義』で『小心者』なので、自分ではまとめ役には向いていないと思っています。

だけど、周りから一目置かれているような中にずっといると、自分の悩み事や弱い部分なんかを素直に相談できなくなってしまうんですよね。

みんなが私に対して持っているイメージを壊せない。と思うと、さらに弱みをさらけ出せなくなってしまいました。

今思い返せば、当時仲が良かった友人とはうわべだけの関係だったなぁと思います。

中学を卒業してからはあんなに毎日一緒にいたのにみるみるうちに疎遠になり、同じくトップだった友人以外とは今ではバッタリ会えば話はするものの、連絡を取って会ったりすることはなくなりました。

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元は2軍

今となって思い返せば、本来の私は2軍が向いていると思うんですよね。

幼稚園・小学校1・2年生の頃は意地悪されることの方が多かったし、意地悪をされても黙っているタイプでした。

小学校2年生の時にいつも一緒に帰っている友人4人に『ここで待ってって』と言われて待っていると、そのまま置いて帰られたことがありました。

その時は悲しくて、泣きながら家に帰りましたが、翌朝『あんな意地悪な子達は、こっちから無視してやろう!』と思ったのを覚えています。

翌日、『昨日どうやって帰ったの?』と嬉しそうに聞いてきた友人を無視して、全然違うグループの友達と遊ぶようになりました。

それ以降、意地悪をされるどころか、私を置いて帰った4人が私の顔色を窺うようになったのを覚えています。

その後は、ずーっと1軍のトップだったと思います。

自分の意見を臆せず言えるのは楽でもあるけど、自分の意見で全体が左右される状況に負担を感じていました。

本来の自分を感じた高校時代

そんな小・中学校時代が過ぎ、高校へ進学すると他市からの学生もたくさんいて、気づけば2軍あたりにいました。

高校もグループ同士の対立やいじめなんかよりも、みんなファッションや恋愛に意識が向いているような学校だったので、穏やかで平々凡々な学生時代を送りました。

何か決めるときに意見をしても最終的にはいわゆる1軍の子が決めてくれるし、クラスメイトの愚痴を言っても仲の良い友達と笑い合っている程度で終わる。

自分が動かなくても全体をまとめてくれる子がいて、良い意味では流れに任せておけば、悪く言えば無責任に過ごせる状況がすごく楽だったと感じていました。

そんな気を張らない学生生活を送っていたので、弱みをさらけ出して本音で話ができる親友ができました。

当時はそんな意識はありませんでしたが、とにかく高校時代は本来の自分の姿でイキイキと過ごせたのを覚えています。

高校の時にできた親友とはお互い結婚をして子供ができた今でも定期的に会っています。

唯一2軍で嫌な思いをしたことと言えば、中学生時代の友人が私と同じ高校の子に出会った時に『○○(私)って一緒の高校だよね?』と聞いても私の存在なんて『知らない』と言われて中学時代の友人が『○○(私)を知らないってどういう事!?』ってなることくらいですかね 笑

その話を聞いた時に、こんなにも存在感に違いがでるのか、と面白かったのを覚えています。

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まとめ

きっと周りから見ると学生時代を1軍で過ごした人は楽しかっただろうとか、1軍に入りたい!と思っている人もいるのかもしれません。

根っからの1軍タイプやワンマン社長タイプの人は1軍にいた方が楽しかったのだと思いますが、私にとって1軍で過ごして、自分の意見で全体が左右されるような小・中学校時代は友達には囲まれてはいるものの、孤独を感じていた時代でした。

楽しいか楽しくないかと問われると、楽しかったことには間違えありません。

だけど、周りにたくさんの”友達”に囲まれていた小・中学校時代よりも、親友2人と主に3人で過ごした高校時代の方が断然楽しかったです。

長男も3年生になり、だんだんと”スクールカースト”ができつつある年になってきました。

長男は先生の話からもすでに『クラスを引っ張っていってくれています』言われています。

親から見ていても長男という事もあり、リーダータイプで良くも悪くも目立つ子だと思います。

そんな長男には『○○(息子)みたいに目立つ子が優しいクラスは良いクラスになるけど、逆に目立つ子が意地悪をするとみんな同調するから気を付けるように』と伝えています。

親としては、たくさんの友達に囲まれていることも良いことですが、弱音もさらけ出せる本当の友達に出会える学生時代を送ってほしいと望んでいます。

35歳の高校生のドラマの中で米倉涼子さんが”男女の絆を作るより、友人との絆を作る方が難しい”というようなことを言っています。

きっと結婚相手を探すよりも、本音で語り合える”親友”を見つける方が難しいのではないかと思っています。

だからこそ、子供達には学生時代を通していろいろな友達と関わり合って、本音を語り合える”親友”を見つけてほしいと願っています。

以上、20年以上前の懐かしい学生時代のお話でした。

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